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ぼちぼち書いてる赤城康彦のブログ akagiyasuhiko's blog

ぼちぼち書いてます。他のアカウントもよろしくねッ!

先月、めでたく限定解除をした赤城ですが。
最近葛藤が起こってしまいました。

というのも、また、酷道を走りたくなってしまったのです。

酷道とは、読んで字のごとく酷い道のことで、整備の行き届いていない、荒れた国道を揶揄った言葉です。
前のバイク、RX125SMでよく走っていたんですね。山中の細く曲がりくねった道で、山の上にも上るので標高も高かったり。
酷道ツーリングは一種の冒険で楽しかったですし、走りきったときの達成感が大きいんですね。その楽しさ、達成感断じ切れず。
また、小型モタードを買おうかと考えております。
それなら限定解除しなくてもよかったじゃん!
と我ながら呆れ苦笑いするしかありません(苦笑)。
まあ、何かの機会でナナハンに乗ることもあるでしょうが。

ともあれ、次のバイク候補にD-トラッカー125を考え、それで酷道を走ることを考えています。
もうね、ほんと、断じられなかったですねえ。
酷道の興奮よ再び……。
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免許証に大自ニの文字が加わりました。

もう、感無量。

肝心の大型車はいつ買えるのかわかりませんが、まあ、楽しく迷おうと思いますw
いつもお世話になっています。赤城康彦です。
このたびアルファポリスファンタジー大賞に自作品「架空戦国小説・夫婦雛物語」をエントリーしました。
もしよろしければ、読者の皆様の清き一票をいただけたら嬉しく思います。
投票は、小説家になろうの作品のページ下にバナーがありますので、それをクリックしてください。
投票のためには、アルファポリスに市民登録をする必要がありますが、抽選で十名の投票者の方に一万円があたります。
ちょっとしたお小遣い稼ぎになる可能性もありますので、夫婦雛物語がお気に召せば、是非投票をお願いします。
ぜひともよろしくお願いします。

また連載の停まっている「ドラゴン騎士団戦記」ですが、今月中に再開いたしますので、こちらの方もご期待いただければ嬉しく思います。


この夏、教習所に通って、大型二輪免許の卒業検定に無事合格することができましたー!
明日免許センターにいって手続きしてきます。
写真は教習車のCB750。
もう、やっぱり嬉しいものですねえ。教習中CB750に乗るのが楽しくて楽しくて。そのおかげか、一発合格できました。
普通二輪までしか免許もってなかったんですが、ふと、ナナハン知らずに死ねるか!なんてことを考えるようになって、えいやあ! と勢いで入校しちゃいました。
GT250Rで十分、と思ったんですが、欲が出たんですねえ(^^; 
肝心の大型車はいつ買えるのかわかりませんし、今のGT250Rも気に入ってるし。お金も貯めていかなきゃいけないし。
まあ、気長にいこうと思います。

 昨日淡路島にツーリングに行ってた(フォト蔵に写真展示してます。 
http://photozou.jp/photo/list/1611359/4773350)。 

昨日の総走行距離は520キロ! 
そのうち400キロくらいは四国で走った距離である。 
淡路島で走った距離自体は100キロくらい。 

高速道路を使ったものの、四国脱出および帰還が長かった。四国の高速道路はどんなふうに通っているのかは、ネットで地図見てもらえればわかります。 

行きは香川県に住んでいたこともあって、懐かしさからわざわざ香川県を横切るルートを走ったが、自宅から淡路島到着まで3時間弱かかり。 
帰りも徳島県の高速道路で帰ったのだが、それでも2時間半くらいはかかった。 

縦に走りきるのはさほど時間はかからないが、へそのところで曲がって西なり東なりに向かうと、四国といえども広いことを感じさせられる。 
長い距離を走るにしても四国の中だけだと気づきづらいが、四国から出るとなると、いやでも痛感させられることであるし。 
四国は外国だ、といわれるのもわかる。 
バイクでこれだから、足と馬しかなかった昔はもっと大変だったろうなあ。それを思うと、昔の人はすごかったねえ。などと考えるのであつた。 


写真は28日夜のものです。

レーサーレプリカであるGT250Rを走らせていると、ついついコーナーを攻めたくなる。
しかし下手な僕がそんなことをしたところで、たかが知れている。それでも・・・、というとき。
「OKOK、普通にいこうぜ」
という声が聞こえる。
それはGT250Rが言ってくれているのか。
声にしたがって走れば、驚くほど気持ちよく流していける。
ヘヴィでローパワーなGT250Rだがそれはこつをつかめば、問題なく走れる。走らせてくれる。
速いか、といえば、遅いだろう。
そんな僕は、下手糞だろう。
だけど僕が怖いのは下手糞といわれることよりも、無茶をして走れなくなることだ。
GT250Rに心があれば、乗り手の無茶の巻き添えで廃車になるなんて、御免こうむりたいだろう。
こいつはアクセルが遠く、5速トップエンドまで引っ張るのは別の意味で苦労するだろう。もっとも乗り手はその領域に達してはいないが。
だけどそれは、トルクが盛り上がるエンジンの領域を長い時間楽しめることでもある。
性能のいいエンジンだと一気にレッドまで回ってすぐにシフトチェンジ。加速とトルクの盛り上がりを楽しめるのはわずかな一瞬だけだ。
全ての操作を一瞬で楽しむか、長く楽しむか。それは人によるだろう。だがトルクの盛り上がりの楽しさはエンスーなら誰しもが否定できぬ面白さであろう。
GT250Rはそのトルクの盛り上がりをじっくりと楽しむことが出来る稀有なマシンだ。
アクセルが遠く加速はするがトップエンドまで遠い。一見短所と思えるものが、乗り方次第で長所へと変貌する。
それこそがエンスーの楽しみではないか。
GT250Rは、バイクで走るってどういうこと、と僕に問いかけてくるようだと、そう思うときがある。
今まで日本車に乗り続けて、RX125SMをきっかけに外車を知り。それにはまってしまった。
正しいバイク、走り。それは、どういうものを言うの?
日本車はまずそんな問いかけを乗り手にしない。
だけどGT250Rで走っていると、そんな対話を愛機としている自分に気付く。
そしてどこに行くかというよりも、対話が目的となっている。
遠いアクセルも、じっくりと愛機と対話するよい機会となっている。
その対話で、GT250Rは、僕に、
「OKOK、普通にいこうぜ」
と僕のガキっぽい心を察してか語りかけてくる。
今まで走ってて、ふと、そんなことに気づいた。
正しいバイク、走り。それはなにをもってそう言うのだろう。
GT250Rは対話で僕にそんな疑問を、おそらく答えの出ない永遠の問いのあることを、気付かせてくれた。



写真は別の日のです。

まるでセーラー服と機関銃みたいですが。
今日は台風の影響で不安定な天気でしたが、夕方少し晴れたのでその間隙をついて走ってきました。
慣らしも終わりオイルもフィルターも交換し。
さあ、レッドゾーンまで!

ああ、

快ッ感!

セーラー服と機関銃、もとい、
ライダーズジャケットとオートバイ。

まさにそんな感じ。

といっても停まって海を撮ったり(フォト蔵アカウントからどうぞ)、すぐに天気ぐずつきだしたので、そんなに走れませんでしたが。
のってくると、路面凸ったところでジャンプもするし。まるでマン島TTのバラフ・ブリッジ状態(^^;
でもそれも、超楽しい。

バイクってこんなに楽しいんだ!

ということを、GT250Rは教えてくれました。



1000キロようやく走りました。うん、なかなかいいバイクですやっぱりGT250Rは。
四輪に例えればSW20・MR2のようなところがあると思います。見た目は本格派っぽいけど、大きい弱点をかかえ一番になるのが難しい、といいますか。
SW20にかけるのと同じ金額でシビックやインテグラでとれほどのことが出来るかと思うと。
しかしオレはMR2が好きなんです。でなければ小説の主人公に乗せません。
だってかっこいいんだもん。
自分はアクティブにいきたいんです。だからハンドルがプレートの下にありなおかつ自分が買える範囲のものであるGT250Rをチョイスしました。

最初候補だった忍法使いはねえ、遠くで見ると、ヘルメットの入る原付とマジで見間違えてしまうんだよ。あれはショックというか、候補からはずしちゃった。あの華奢さはどうにかならんのか、ええ、おい、末っ子よ。ほんと末っ子かましてどーすんだ、っていう。
オレはオレ。クォーターツインだからってナメンナ。って存在感のある先輩マシンがありながら、これはどうしたことなんだ。
お前なんか山田風太郎先生の小説で柳生十兵衛に斬られてしまえ。と言いたいです、はい(あくまでも個人的な感想です)。

ともあれ。五千回転までまわしての感想ですが。
エンジンはFIともあってか扱いやすいんですがレスポンスが少し遅れ気味かな。しかし逆に言えば、ライダーにアクセルを開けることを求めてきます。
開けなきゃ走ってやらない! と。
開けろ開けろ! と。
もうアドレナリン噴出ものです。
すこし開けただけで走ってくれる日本車と違い、やはりこいつは甘くないです。
ぴりりと辛いキムチです。

足回りはやっぱり硬いですが、でも慣れれば丁度いいです。路面の凸凹にちゃんと追従してくれます。
むしろ日本車が柔らかすぎなんじゃないか?

コーナーは未知数です・・・。技術のため。でもバンクさせるの楽しいです。
誰もいない道で、ついついゾッキーみたいにじぐざぐに走っちゃったりします(^^;

ポジションは1000キロも走れば慣れるものですね。もうでかいと思いません。むしろ丁度いい。
でもやっぱり、前傾姿勢で乗るのでハンドルに手を押し付けて気がつけば掌が少し痛む、ということがありますが、それはけちらず良いグローブを使ったり握りなおしたりなど工夫でクリア。

高速道路も少しはしったのですが、風が強いとやっぱり怖いです(^^;
乾燥重量が171キロといったって、自然の前では塵にもひとしい、と自制し気をつけましょう。
それと、ETCもつけてるのですが、やっぱり便利です。バイクで券もらってお金はらってって、けっこう厄介ですからね。高速道路を使うならつけていた方がいいと思います。

さてこれからレッドまで回しての未体験ゾーンへとゆくわけですが。もうわくわくします。ただ今日はお天気が悪いので、GT250Rで出かけるのは自制してますが・・・。

今まで走った感想として。
テクを磨きたいと思えばGT250Rの方が上がりしろがあるんじゃないかと思います。
NinjaやCBRはマシン自体の性能がいいために、テクを磨くにしても、上がりしろが少ない、ということもあるかも?(意地悪な言い方でごめんなさい)。
まあ、自分は割り切ってるので、テクを磨くとか考えてないのですが。レーサーレプリカが欲しかったので、大変満足しています。
僕、下手糞なんだけど、まあまあでもいいところにいたいなあ、という人は日本車に乗ればいいと思います(暴言御免)。
というか、外車にはまると日本車に戻れない、と言われるわけがわかったというか。
なんか、GT250Rはあるんですね、日本車にはないものが。
それに惹き付けられちゃったんですね。








P社系列の会社で働く身ながら、われながら愛社精神に溢れたミニカーチョイスじゃな…(なんのこっちゃ)。
PTR、今も続けてくれたらなあ。公私混同でグッズ手に入れてやったのになあ。去年帰郷して今の仕事始めたときには、もう…。
そうそう。お仕事で使ってるのは三菱車のミニキャブだ。
自営業してるとね、いろいろとお付き合いがあってね、おうちの車はコルトにトッポなんだけど、まあ、そういう理由で。
帰郷して今のお仕事してガルマになって言われたのは。欲しい車があったら、三菱にしなさい、だと…。三菱大衆スポーツカーもうやめてるじゃん。そんなこと言われたらもうあたしゃスポーツカー乗れません…。もしてめえの車買う場合は、FTOかミラージュサイボーグの中古を必死こいて探すしかないのか…?
ランエボは手が届かないっす…。

まあ、ヒョースンのGT250Rがあるから、今さら四輪欲しいとは思わないけどさ(爆)。

それはさておき。
ミニカーを買うとついつい手にとってにこにこして眺めて、走る姿を妄想するのであります。
改めてフォーミュラーカーの美しさにうっとりしてしまいました。
やっぱり機能美溢れる純粋なレーシングマシンはかっこいいよね、理屈抜きで。


動画はアルスラーン戦記の映画のエンディング。思えばこれで遊佐未森さんを知ったんだなあ。20年前のこと。

今日はいっぱい日記を書くな。

ともあれ、ふと思いついたことを。

古代ペルシャのことを調べて、その評価の高いことが印象に残っている。
300やアレキサンダーなんかのハリウッド映画では悪役として描かれたペルシャだが。
実際は信教の自由が許されて、民主的であったようだ。国を治めるに合理的だった、ということか。
それに大帝国でもあり、ペルシャは世界史では外せない存在でもある。
敢えて言うが、日本人はこの世には日本と欧米しかないような感覚はありはしないだろうか。自分もそうだった。

現代のペルシャ、中東地域の歴史は動き、今は独裁国家がひしめくようになってしまい、イランの政治体制は核兵器問題があってイスラム教の原理主義が入りインターネットの規制など厳しく。
現在の革命の争乱にいたっている。
イランでは今も石打刑などの昔ながらの処刑があって、国際的な批判を浴びていることを耳にもする。
っていうかそういう写真をイランを調べているときに見てしまって、きつかった…。

今の状況を見れば300のようにしたくなるんだろうが。やっぱり、白人が正義でペルシャ人が悪というのは無理がある。
そもそも300やアレキサンダーの時代には、キリスト教とイスラム教の双方がなかった。だから両教の感覚で描くべきではないのだが…、ハリウッドはどうにもキリスト教対イスラム教の視点で描きたがり。
学べば学ぶほど、面白いと思った300が、あらら、という感想になってゆくのは、苦笑ものでもある。
アレキサンダーはあのオリバー・ストーンが監督なので、変な正義がなかったのはまだましなほうだと思う。
かといって、アルスラーン戦記は話が進むにつれて、なんか残念なことになっちゃったかなあ、みたいな。

ともあれ、西側の人間がイスラム化する前のペルシャを描くのは、難しいようだ?
実際難しい。資料はあるんだが、なにせなじみがなかったものなので、にわか知識で書かざるを得ない。
インターネットだと下手なところへいくと、見たくないものを見てしまうし(汗)。だから紙の本による資料はありがたい。

だいたいペルシャってイスラム化してから、シンドバッドや千夜一夜物語などに代表されるターバンを巻いてるのや、建物はたまねぎのような屋根が流行ってからのことが主に伝えられているが、イスラム化するまえのペルシャはそうではなかったようだ。
アレキサンダーとペルシャ王ダレイオスの戦いを描いた「イッソスの戦い」のフラスコ画でペルシャ人は頭に頭巾を被っているが、ターバンではない。
日本人もちょんまげは室町時代からはじまったもので、もともと頭を剃る習慣はなかったし。
スタイルは時代とともに変化するものだ。だから、今入ってくる情報だけで昔までそうだと決め付けるのは無理な行為だ。

思えばギリシャ対ペルシャって、日本でいえば武田信玄と上杉謙信のように対等で語られていたんじゃないかと思う。
その根拠は「若い読者のための世界史」という本から。

ただ、それらのことを調べて思ったが、例えば日本は戦国時代のことを楽しく語るが、国や地域によっては先祖の恨みを憎しみを込めて語る。
今の中東の革命の争乱も、にわかにはじまったことではないのだ。

ドラゴン騎士団戦記は、最初は日本史をみるのと同じ感覚であったのだが、時が経つにつれて、えらいものに手を出しちゃったかなあ、とも思っていたりする。
まあ、これはネットの一部分でのみの公開だから深く考えずともよかろうと割り切ってはいるが。

世界の歴史は、日本の歴史と同じ感覚でみてはいけないことは確かだ。

もっとも、それだけにやり甲斐もある、と強がってみる。

そうそう。
ペルシャには、貴族や王は召使いに傘を差させる習慣があったが。これはキャンギャルの起源だと自分は思っている。






HN:
赤城康彦
性別:
男性
自己紹介:
高知県出身:ネットの隅で、こつこつものを書いてます。
e-mail
akagiyasuhiko☆hotmail.com
(☆を@に変えて下さい)
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